伊達の風 組曲1

仙台 西公園 東勇作像

ニジンスキーを舞う 東勇作のブロンズ像

2018年7月14日 私は26年ぶりに仙台市民に戻った。
私は仙台生まれ、仙台育ち。
20歳(1986年)の時に東京一人暮らしを経験し、21歳(1987年)に体調を崩し仙台に帰ってくる。
25歳(1991年)の時に仙台で「瀕死の白鳥」を踊る。
「瀕死の白鳥」の練習風景 

1992年に東京に戻り、東京、横浜で暮らし26年ぶりに仙台に戻った。
2000年に鎌倉芸術館で「瀕死の白鳥」を踊り2001年から2010年まで横浜で「瀕死の白鳥」を踊り続けました。
2014年に日本舞踊の先生指導のもと、「バレエ鷺娘」を踊りました。
渡邉順子 経歴

仙台に帰ってくると、西公園には東優作像がありました。
私は1990年に鎌倉のエリアナ・パブロワ館を訪ねたことがあったのです。
エリアナ・パブロワ

仙台の本屋で『日本ではじめてのバレエ学校 白鳥の夢はるか』まごめやすこ作と言う本に「わたしがバレエを教えていただいた。東優作先生は、こんな話をしてくださいました。ぼくが、バレエを習いはじめたのは、昭和5年。そのころバレエ学校は、鎌倉の七里ガ浜に1軒あるだけでした。東優作先生は、そのバレエ学校にはいるため、わざわざ宮城県の仙台から、でてこられたということです。」
私は友達と鎌倉へ行きエリアナ・パブロワ館を訪ねたのです。
東先生は仙台の伝説のダンサーに思えたからです。

2014年に村田勝四郎作(1901年〜1989年)「牧神の午後」の像が仙台市青葉区西公園に設置されたと言う記事を見つけ、
私が仙台市に帰ってくる丁度4年前に「牧神の午後」の像が、仙台の西公園に飾られていたことを知りました。
「牧神 或いは東優作」には東氏が踊った、「薔薇の精」「牧神の午後」の写真があります。
伝説のダンサーにふさわしい写真です。
*仙台メディアテークに行けば、この本をかりることができます。
仙台メディアテークは2001年に開館された仙台市民図書館、ギャラリー、スタジオ、イベントスペースがあります。
仙台市青葉区春日町2−1
1Fにはカフェ「クレプスキユール・カフェ」があります。

仙台メディアテーク

東勇作氏が踊った「牧神の午後」や「薔薇の精」は伝説のバレエダンサー、ニジンスキーが踊った作品です。

世界フィギュアのプルシュンコが「ニジンスキーに捧ぐ」をスケートリンクで舞い(YOUTubeでみれます)、羽生結弦さんが「ニジンスキーに捧ぐ」の曲アレンジしoriginと言う作品にして舞いました。(映像はYOUTubeで見れます。)
ニジンスッキーは伝説のバレエダンサーであり、憧れのダンサーです。
仙台と言えば東勇作、羽生結弦がニジンスキーに憧れ、今では憧れのダンサー、フィギュアスケーターになったのだと思います。

青葉城址跡の近所jには国際センター駅もあります。

ニジンスキーのバレエは「飛んだまま降りて来な」と言われるほどジャンプ力があったと言われています。

そしてニジンスキーが振り付けした「牧神の午後」。ニジンスキーが初演した「薔薇の精」についても
「これだけは見てておきたいバレエ」という本から説明しましょう。

薔薇の精
振付:ミハイルフォーキン
音楽:マリア・フォンウェーバー
初演:1911年モンテカルロ

フランスの詩人ゴーチェの詩をもとに、ウェーバーの「舞踏への招待」に振付られた。
生まれてはじめての舞踏会から帰った少女が、疲れて着替えもせずに椅子で寝っていると、夢の中に薔薇の精が現れる。そして寝る少女
のまわりを、花びらがふるえるように舞って舞踏会の記憶を呼び起こしたのち、開いている窓から夜の闇へと跳んで消えて行く。
初演のとき、窓を飛び越えるニジンスキーはそのまま空へ向かって跳んだように見えたという。

牧神の午後
振付:ワスラフ・ニジンスキー
音楽:クロード・ドビュッシー
初演 1912年 パリ

ドビュッシーの「牧神の午後」の曲にのせて、ニジンスキーが自作自演したのが最初。
ダンサーを選ぶが、ダンサーが優れていれば、こんなすてきな作品はない。
のどかな田園に牧神が一人で遊んでいる。
そこへ7人のニンフたちが水浴びに来る。一列になって横に進むさまは、たおやかに無表情、言うなれば人形振りのようである。
牧神は彼女たちに興味を示し、近寄って行くが、ニンフたちは奇怪な姿を見て、おびえて逃げていく。しばらくして戻ってきた一人に、
牧神は腕をさしのべて求愛し、抱きすくめようとする。だが彼女は身を振りほどいて逃げられ、牧神は彼女が残していったスカーフをもって
あそんで、岩の上で快楽に耽る。

「これだけは見ておきたいバレエ」新潮社 文:佐々木涼子 写真:瀬戸秀美

私も「牧神の午後」と言う作品を見たことがありますが、芸術的な動作が多い。古代の壺に書かれている動きをする部分があり、絵柄が動いているようにも思える作品だと私は思いました。文:渡邉順子

    

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