谷戸の風7

谷戸の風7

源義経と静御前

この章は源義経と静御前の別れのパドドゥを書きます。しかし、未来は必ず二人が幸せになってほしいという願いから、吉川久子CDに導入されている「花火」の曲から書かせて頂きます。次に「腰越状」の曲が別れのパドドゥ(二人で踊ること)。
「静の舞」、「海」の曲とつづきます。

『音の哀楽を以て国の盛衰を知る』(御書88頁)。
日蓮御書より

今の季節は紫陽花たちが雨に打たれ鍛えられ、磨かれています。
「鎌倉」のCDには吉川久子作曲「花火」と言う曲が導入されています。
この曲を聴いていると妖精たちが鎌倉に咲く紫陽花の花を全て摘み、鶴岡八幡宮の平家沼と源氏沼に、運ぶ情景が目に浮かびます。妖精たちは空の上から紫陽花の花で埋め尽くされた沼が見たいのです。鎌倉一番の大きな紫陽花の花火が見たいのです。
円覚寺、東慶寺、明月院、長谷寺、光則寺、浄智寺の紫陽花を摘み、鎌倉に咲く紫陽花で鎌倉一の紫陽花、「花火」を作るのです。妖精たちの楽しそうな笑い声。
「花火」と言う曲は紫陽花のワルツと名付け、紫陽花色の衣装を着たバレリーナたちが舞いおどっている情景を思い浮かべながら音楽を聴きました。

吉川久子「鎌倉」CDに導入されている「腰越状」は源義経と静御前の別れのパドドゥ。
日本舞踊的な舞。

吉川久子作曲「静の舞」静御前のソロ
解説 吉川久子
義経の愛妾で舞の名手だったという静御前の舞をイメージし旋律にした作品。「しづやしづ しづのおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな」。
義経が「静よ静よ」と何度も私を読んでくださった・・・・」と愛する人を思う気持ちを旋律にしました。鶴岡八幡宮などで、静御前の舞を見たとき、この旋律を思い出していただければうれしいです。

吉川久子作曲「海」
この曲を聴いていると夕暮れ時に海岸で戯れる恋人たちの姿が浮かび上がります。
吉川久子さんの解説にも「海の音は永遠の象徴」と書かれています。
ブルー色のレオタードを着た男女のパドドゥ。
現代版の義経と静御前。
由比ヶ浜の海で日が落ちるまで戯れ続ける二人の姿。
永遠に続く愛のパドドゥ。
生命の浄化は芸術の深化、最後まで貫き通す。
それが海ではないかと私は思います。

吉川久子「海」の解説文
海の音は永遠の象徴とされています。
なぜなら、波の音は止まることが無いからです。しかし、海の音は季節によって違い、楽しむことができます。
海辺の街、鎌倉。私は青い空にどこまでも果てしなく見える鎌倉の由比ヶ浜の海を見ながらこの曲を書きました。陽の光が届かない海の底。その海の中での音を想像し波の動きに旋律をのせてみました。

春は青春の色ですから。
青い空と青い海。
そして夏目漱石の「こころ」と言う小説を思い出します。

仙台から鎌倉のエリアナ・パブロエア門下に入門弟子となった東勇作先生が
七里ガ浜の海でエリアナの弟子たちと一緒に舞い続けている情景が目に浮かびます。
「波の音と風の音にあけくれる七里ガ浜」牧秋子(1907年〜1971年)橘バレエ学校創立者
私も仙台の橘バレエ学校でバレエを学びました。

文学を歩く 鎌倉の文学 伊藤玄二郎編の本を片手に鎌倉を走り回っていたのが私にとっての鎌倉の夏でした。
小林秀雄と中原中也が妙本寺を訪れ、海棠の散る光景を見つめたのは昭和12年(1937年)の晩春のことでした。小林秀雄「中原中也の思い出」より。

次の章は谷戸の風の夏の曲と鎌倉のCDに導入されている「月光」の曲で考えたいと思います。

静御前

鎌倉八幡宮

鎌倉 鎌倉八幡宮 蓮

桜貝拾った 由比ヶ浜

コメントを残す