伊達の風 組曲3

「バレエは心の芸術だ」

蘆原英了先生と東勇作が繰り返し教えられてまいりました。と松山樹子先生の東勇作40周年記念公演プログラム
祝辞に書かれています。
東先生のバレエの教えについても書かれています。
「先生はいつもバレエに対して謙虚な気持ちをお持ちです。
バレエのどんな小さい部分も宝石のように磨きあげ、大切に扱うことをご自分にも命じる厳しいところがありました」

バレエと言う芸術を磨きあげるのは大変なことだと思います。
仏の世界には「明鏡」を磨くと言う言葉があります。
曇った鏡も磨きあげれば、玉のように輝く。
磨きぬかれた生命には智慧が輝く。
その智慧は「芸術の深化」「人生の勝利」を導く光。
私は御書を学んでいますが、まだまだ私自身の磨き方が甘いと思いました。
東先生のように生涯、探求心を持たなければならないと感じました。

「日本のバレエ 三人のパヴロワ」渡辺真弓著の中に東勇作 1919年〜71年 生涯を舞踊芸術の探求に捧げたと書かれている。
松尾明美、松山樹子、薄井健二を育てた。

三人のパヴロワの本

エリアナ・パブロワの門下で学んだ服部智恵子、島田廣、貝谷八百子、東勇作たちが団結し「白鳥の湖」を日本初演したのは
1946年8月だった。
敗戦の日から1年もたたない8月5日にクラッシック・バレエの名作が上演さて、日本のバレエの歴史が始まった。

東勇作舞踊40周年公演 プログラムより 1967年
「カルナヴァナ」
解説
この作品はシューマンの有名なピアノ曲によって、ミハイル・フォーキンが考案振付けたもので、1910年2月20日、
セント・ベテルブルグのパヴロワ・ホールで初演。同年、デァギレフのバレエリュッスによって、ベルリンとパリで上演され、
フォーキンの傑作とうたわれた。
日本ではアンナ・ガリーナのパリ芸術舞踊団が1958年12月に共立講堂で上演した。
その後、谷桃子バレエ団もTVで上演した。
 
「谷桃子バレエ団40周年」の本を見ると1954年4月23日に松江市公会堂でカルナヴァルを上演している。
1954年は谷桃子先生はパリ留学した年でもある。
谷桃子帰国地方公演で1956年1月14日新潟公会堂でもカルナヴァルを上演している。
1月16日、17日神奈川県立公会堂、21日山形、22日仙台、24日釜石。
労音主催で4月23日松江、25日徳島市民会館、27日松山国際劇場、29日姫路。
谷桃子バレエ団は白鳥の湖・小品集・ドン・キホーテ グラン・パ・ド・ドゥといった作品で地方公演が多かったようです。
谷桃子振付で「カルナヴァル」は1954年〜56年頃上演した作品のようです。

1967年には東勇作舞踊40周年ではフォーキンの原作に忠実に再現した作品「カルナヴァル」に
谷桃子先生はシャリーナ役で出演したことがわかりました。

東勇作舞踊40周年公演から4年後の1971年8月4日に東勇作逝去                

*この「カルナヴァル」の作品には佐多達枝先生もパピヨン役で出演されています。
佐多先生の作品には谷桃子バレエ団のプリマ・バレリーナ(現在、芸術監督)高部尚子さんが出演しており、観に行った記憶があります。
素晴らしい作品があるので少し紹介したいと思います。

虹の彼方に2
谷桃子バレエ団の公演は1987年から見ています。
2020年1月も見に行きましたから33年の私の思い出と共に谷バレエ団の舞台鑑賞があります。

私のレッスンについて
1998年頃から仙台の橘バレエ学校に通いながら東京でバレエ公演を観に行く時には六本木にあるスタジオ一番街に行き、
オープンクラスを受けていました。スタジオ一番街のスタジオが青山に変わり青山ダンシング・スクエアと名前が変わりました。
独身時代、結婚して子育てしている時期もレッスンに出かけていました。
*2015年7月からICHIBNGAIと言う名前になり新宿御苑にオープンクラスのレッスンが受けられるようです。
2018年〜仙台暮らしを始めてからは、まったくオープンクラスを受けに行きませんが、ICHIBNGIは
日本初のオープンクラスで伝統のあるスタジオです。

2011年〜は東京で多胡寿伯子先生のレッスンを受けていました。
「日本のバレリーナ」
日本バレエ史を創ってきた人たち
文園社にも書かれている先生です。

仙台暮らしを始めてからはなかなかバレエのレッスンに行けずにいます。

水曜日と日曜日が執筆活動をする日となっています。

仙台に帰ってきた!2018年7月

「2018年は仙台に帰ってきた」を書きました。

エリアナ・パブロワ

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