バレエ台本を描いて踊ってみよう6

バレエ台本「火の鳥」Phoenix

独身時代の私はバレエを踊ることも好きでしたが、高校時代は演劇部に所属し、演劇コンクールの脚本などを書く勉強もしていました。私も通っていた学校は演劇部が盛んで東北大会に出場するほどの学校でした。

谷桃子バレエ団・研究所に学びに行った20歳の頃、体調を壊し仙台に帰りました。その間、絵を描いたり、詩を書いたりしました。

「楽屋」と言う詩がコスモス文学と言う同人誌で受賞。「ダンサーに憧れて」がノンフィクション部門でも受賞。

メッセレル先生の事を本にしようと頑張った時期もありました。詳しい事は「日本の夜明けの本と渡邉順子紹介を読んでください。↓

「バレエ大国」日本の夜明けの本と渡邉順子紹介

結婚しJUNバレエスクールを開設するまでの間、私は様々な場所でバレエを学んでいました。

20代の頃の私は仙台から東京にバレエの公演を見に出かける時は六本木にあるスタジオ一番街に行き、オープンクラスを受け、谷桃子バレエ団に行き、谷桃子先生とお会いすることがありました。

コスモス文学の同人誌で賞を受賞してからは谷桃子先生に「バレエ台本」を描いてみたらどうかしらと進められたこともありましたし、バレエ台本を書き振付をしてみたらいいのではないかと言うアドバイスも頂きました。

1990年7月コスモス文学新人賞(同人誌)詩の部門 佳作

9月コスモス文学新人賞(同人誌)ノンフィクション部門 受賞

2000年 第14回新風舎 出版 ノンフィクション部門で2次までは通過 

本の出版までにならなかった。

谷桃子先生から「瀕死の白鳥」の指導も受け、再び、谷桃子バレエ団でバレエを学ぶようになりましたが、心が弱い事と靭帯の怪我が原因で谷桃子バレエ団の1983年の新春公演「ドンキホーテ」に出演し、結婚バレエを辞めてしまいました。

結婚し出産後、子育てをしながらバレエのレッスンに通うようになりました。

その当時は東京の杉並に住んでいたので独身時代よく通ったスタジオ一番街のオープンクラスにまた通ってみょうと思うようになりました。しかし、スタジオ一番街は青山にあるベルコモンズの中にスタジオに変わり、名前も「青山ダンシング・スクエア」と言いました。子どもを連れてスタジオに行かなければならないこともあり、あまりスタジオ通いはできませんでしたが、杉並に住んでいたので新宿村スタジオを借りてレッスンしていた事もありました。青山ダンシング・スクエアで学んでいた先生が安藤雅孝先生で、発表会では安藤先生振付のリベルタンゴの曲で生徒20人ぐらいで踊りしました。

安藤先生 振付
カルメン1998年

2015年「ダンスカナガワフスティバル」
最後の舞台 カルメン振付 渡邉順子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*その後JUNバレエスクールを開設してからはピアニストの藤木明美さんのリベルタンゴの曲に自分で振付して何度か踊りました。

カルメン

https://www.youtube.com/watch?v=pY5AjiTiAI4

https://fujiki-akemi.com/

藤木明美さんのHP↑

リベルタンゴ

リベルタンゴ 写真: 鈴木紳司

リベルタンゴ 写真:鈴木紳司

リベルタンゴの衣装でバレリーナモデル

リベルタンゴ 絵:鈴木崇夫

バレリーナモデルをした絵
両方、私 絵:鈴木崇夫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青山のスタジオで一緒にバレエを学んでいたバレエの先生から発表会のお誘いを頂き、そこで安藤先生と「カルメン」を踊り、ABCバレエ団のお誘い、カルチャースクールの講師のお仕事を頂きました。カルチャースクールでバレエを教え、自分でもJUNバレエスクールを開設し娘にバレエを教えるためにバレエの先生になりました。

東京の杉並から横浜の金沢区に住まいが変わり、少しの間、鎌倉の本間先生のスタジオをかり自習に励み、「瀕死の白鳥」を踊りました。その後、磯子区でスタジオを借りバレエを教え始めました。

今でも青山ダンシング・スクエアで出会った方々には感謝しております。

2006年、1月からバレエ音楽「火の鳥」の曲を聴きながらの創作活動が始まり4月にはなんとか完成しました。そして自分で書いたバレエ台本のキャトストたちを踊り始めたのです。

バレエ「火の鳥」の作品についても書いてみましよう。

これだけは見ておきたいバレエ

火の鳥
音楽:イーゴリ・ストラヴィンスキー
フオーキン版 初演1910パリ
ベジャール版
初演 1970年
写真:東京バレエ団

火の鳥の音楽

火の鳥の国の人々バレエ台本 渡邉順子;え

火の鳥たちバレエ台本え:渡邉順子

渡邉順子経歴 コスモス文学同人誌で受賞

火の鳥 渡邉順子

火の鳥の衣装で 絵:鈴木崇夫

詩吟の先生と私 泣くな長崎を踊る

横浜で踊っていた頃、宮城県から私の舞台を見に来てくれた、宮城県の有名人 森文子さん

仙台の舞台の楽屋でご一緒した縁で知り合った森文子さん。

 

音楽を聴きながら考える場所はバレエのスタジオ

 

 

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