鎌倉の思い出1

太平記 大河ドラマ

「太平記』について勉強した。

 

NHK大河ドラマ  太平記を見る。目的は詩吟の桜井の訣別を理解するため。

ジャンル :歴史ドラマ 放送期間 :1991年1月6日~12月8日 放送時間 :毎週日曜日20:00~20:45 ドラマ枠 :大河ドラマ 放送回数 :全49話 制 作 局:日本放送協会(NHK) 音   楽:三枝成彰 原   作:吉川英治 脚   本:池端俊策、仲倉重郎 主   演:真田広之

この回は1333年、鎌倉幕府滅亡の部分がよく分かる。「鎌倉」と言う歌の歌詞の意味もよく分かるようになりました。

七里ヶ浜のいそ伝え、稲村ガ崎名将の剣投げし古戦場。
日本史を勉強できる時間が持てたことに感謝します。鎌倉と言う歌まで覚えた、「七里ヶ浜のいそ伝え、稲村ガ崎名将の剣投げし古戦場。」この鎌倉という曲をフルートの音で舞うことも考えてみたり、吉川久子さん、作曲の腰越状の曲も聴いてみたりした。

鎌倉の海

腰越  龍口寺 五重塔

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去年は吉川久子さん作曲、腰越状の曲を理解するために鎌倉  腰越に足を運び満福寺を訪ねた、2017年3月は木造五重塔のある  龍口寺を訪ね  NHK大河ドラマて放送された「義経」を観た。

今回は少しでも詩吟を理解するため、映画のワンシーンも見てみた。(^.^)

 

桜井の訣別

青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ木(こ)の下陰(したかげ)に駒とめて世の行く末をつくづくと忍ぶ鎧(よろい)の袖(そで)の上(え)に散るは涙かはた露か

正成(まさしげ)涙を打ち払い我子(わがこ)正行(まさつら)呼び寄せて父は兵庫へ赴かん彼方(かなた)の浦にて討死(うちじに)せんいましはここまで来(きつ)れ どもとくとく帰れ故郷(ふるさと)へ

父上いかにのたもうも
見捨てまつりてわれ一人いかで帰らん帰られんこの正行は年こそは未(いま)だ若けれ諸共(もろとも)に御供(おんとも)仕(つか)えん死出の旅

いましをここより帰さんは
わが私(わたくし)の為ならず己れ討死為さんには世は尊氏(たかうじ)の儘(まま)ならん早く生い立ち大君に仕えまつれよ国の為め

この一刀(ひとふり)は往(いに)し年君の賜いし物なるぞこの世の別れの形見にといましにこれを贈りてん行けよ正行故郷へ老いたる母の待ちまさん

共に見送り見返りて別れを惜しむ折からに復(また)も降り来る五月雨(さみだれ)の空に聞こゆる時鳥(ほととぎす)誰れか哀(あわれ)と(注)聞かざらんあわれ血に泣くその声を

 

少しの間  太平記の本を読んで勉強してみます。(^.^)

桜井の駅というところまでいくと、長男の楠正行をよんで、つぎのようにいいきかせました。「獅子は子を産んで三日もすると、その子を谷底へ蹴落とすという。それでも元気で谷から上がってくる子こそ、ほんとうに獅子になる資格があるというものだ。」


2017年 詩吟コンサートの待ち時間に鈴木崇夫先生が描いて下さった  絵

鈴木 先生が書いた私。

創作バレエ 白鳥 振り付け 渡邉順子

故谷桃子先生は私にとってバレエの母のような存在でした。2015年4月26日に谷先生が亡くなり、2016年の夏は鎌倉の仕事が多くなり、鎌倉 由比ヶ浜の海を見ていると悲しみが和らぐ思いがしました。

由比ヶ浜の海をみていると心が落ち着き、よく鎌倉に来るようになりました。

鎌倉 由比ヶ浜

故 谷桃子先生から指導を受けている1996年当時の写真。

1996年 瀕死の白鳥のリハーサル写真。2000年に鎌倉芸術館で踊る。

瀕死の白鳥の死に向かっていく白鳥の姿の練習

2000年に鎌倉芸術会館で瀕死の白鳥を踊り2010年まで踊り続けました。

谷先生から手の指導を受ける。

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