「瀕死の白鳥」の練習風景 

 

「瀕死の白鳥」の練習風景

2015年4月26日に谷桃子先生 他界。私自身も2015年12月でJUNバレエ塾を閉鎖した。谷桃子先生の「瀕死の白鳥」の写真を見るたびに、いつか会いたい先生、あこがれのバレリーナ、そんな思いで歩んできたバレエの道。8歳から仙台でバレエを学び、20歳の時に憧れの谷桃子バレエ団・研究所に入門。初等科・中等科・高等科・準団のレッスンを受け、1991年25歳の時に谷桃子バレエ団・研究所の稽古場で谷桃子先生から「瀕死の白鳥」の指導を受ける。その当時の映像を写真にしてみた。2001年からJUNバレエスクールを開設、「瀕死の白鳥」は私自身も10年間踊り続けた。

谷桃子先生の「瀕死の白鳥」の写真に憧れてバレエのレッスンに励みました。

 

2010年の瀕死の白鳥 渡邉順子

谷桃子先生から指導を受ける

絵のモデル 渡邉順子

1991年瀕死の白鳥 渡邉順子

谷桃子先生

「瀕死の白鳥」最後の手

舞台前

「瀕死の白鳥」の手の動きを教わっている

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