「瀕死の白鳥」に憧れて

師匠は大地ごとし

  

谷桃子先生が亡くなり、横浜  元町の宝田さんでメモリアルの写真立てを作りました。日々手を合わせながらゆっくりと谷桃子先生について書いてみようと思います。

 

谷桃子(1921年1月11日−2015年4月26日)


「泣くな長崎」と言う作品についてはJUNBLOG の中区情報  「平和への願い」をご覧下さい。詩吟の先生と一緒のお写真。

 

 


1991年 初めて「瀕死の白鳥」を踊った 当時の写真です。

 

谷桃子バレエ団で谷桃子先生の指導を受ける。

1992年にはコンクールで踊り、谷桃子先生が審査員でしたので見て頂きました。2000年から2010年まで踊り続け、こんなことを書いています。↓


「生きることも死ぬことも歓喜である」その言葉を知るにも「瀕死の白鳥」を踊り続けないかぎりわからない歓喜の舞です。

谷桃子バレエ団・研究所  主宰者 谷桃子先生の写真。


旧谷桃子バレエ団  東京 目黒区

私は8歳からバレエを学び  谷先生の「瀕死の白鳥」の写真に憧れ続けたのでした。ミラノ・スカラ座 バレエ団でメッセレル先生のレッスンを受けて、谷桃子バレエ団の稽古で谷先生から「瀕死の白鳥」の指導を受け、結婚し、出産。子育てしながらバレエの道に戻り Junバレエスクールを開設。10年間 「瀕死の白鳥」を踊り続け、JUNバレエスクールからJUNバレエ塾に名前が変わり2015年に塾は閉鎖。

日本舞踊の鷺娘をバレエ鷺娘として作品を発表。谷先生が亡くなった翌年(2016年)6月には「泣くな長崎」と言う詩吟の曲に「瀕死の白鳥」をアレンジした振り付けで踊りました。

2017年9月30日に「生きても歓喜、死んでも歓喜」と言う作品を発表しました。

スワンアーム(白鳥の手)の動きの取り入れたエクササイズの教えを始めます。

2017年12月から中区で順ダンスサークルを開設。横浜市民は無料で受講できます。中区障害者地域活動ホーム みはらしボンテ内にある「てんぽ」

動きやすい服装で身体を動かしましょう。

毎週 水曜日 18:00−20:00

神奈川県横浜市中区新山下3−1−29

師匠は大地の如し

中区  三渓園のハス


文 渡邉順子       2017年9月9日


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