「瀕死の白鳥 物語2」

JUNバレエスクールのHPに沢山 書いてアップしていました。JUNバレエ塾になっても沢山書いていました。「瀕死の白鳥」を踊り続けて。「手紙」「谷桃子先生から学んだこと」この原稿を読み直し、JUNBLOG に新しくかきつづることにしました。そのことについても色々書いているのでアップします。



2015年のリニューアルは2017年  JUNBLOG としてまたネット上に再復活しました。「瀕死の白鳥 物語」をよろしくお願いいたします。

              
「ジゼル」と言えば谷桃子 。 谷桃子と言えば「ジゼル」と言う作品で有名だった先生の死はバレエ一筋の人生でした。最後の最後まで踊り続けた一生だったと思います。

2015年  4月26日   葬儀5月3日 青山葬儀場

谷桃子先生関連の本

この手紙は2013年12月5日に書いた手紙です。

まだまだ長く踊っていたいと思います。これからが人生の本番。これからが勝負。これから先の人生では負けられません。谷先生のように大勝利の人生を目指して。私自身の代表作はバレエ「藤娘」になる予定ですが、この「さくらさくら」は私の人生の中で一番大切な作品となりました。「さくらさくら」の振付の中で、男踊りと女踊りを使い分け桜並木を二人で歩く場面はいつか、涙がこぼれる場面になることでしょう。自分自身で振付ができたことに感謝し、これからも日本舞踊を取り入れた渡邉順子の振付でがんばっていきたいと思います。

渡邉順子   バレエ藤娘


                  歓喜の中の大歓喜

2017年9月30日 「生きても歓喜  死んで歓喜」初演を迎えます。


2015年  11月13日  ヨコハマ・コンペティションの作品「天空の夜明け」の時には同じ 谷桃子バレエ団・研究所で 谷桃子先生の高等科で学んだ前田新奈さんに少し振付を直して頂きました。

音楽は藤木明美さんの「天空の夜明け CD」

2015年  11月28日  藤木明美のCD 「孤独の歳月」で踊った時には 絵の先生  鈴木崇夫先生と宮城県から森文子さんが観に来て観れました。

2007年 8月  宮城県民会館  で「瀕死の白鳥」を踊った時に楽屋で出会った  森文子さん。

1991年、1992年、2000年〜2010年まで踊っていた「瀕死の白鳥」を踊り  山口’sHPに渡邉順子「瀕死の白鳥」の歩みで紹介されていました。

故 メッセレル先生に抱かれる娘

谷先生・私と娘・メッセレル先生

娘にバレエを教えるためにJUNバレエスクールを2001年2月に開設。現在  娘は22歳の大学生

JUNバレエスクール、JUNバレエ塾で学んだ生徒達も成長し、海外のバレエ団のプリマ・バレリーナになった生徒は私が個人レッスンで教えた生徒です。黒澤瑞(くろさわみずき)


海外で活躍中の黒澤瑞

私自身は現在  バレエの教えはしていませんがJUNBLOG は見てほしいと思っています。

 JUNバレエスクールの生徒達

JUNバレエ塾の生徒達


瀕死の白鳥物語はこのDVDを参考に思い出していきたいと思います。
9月30日の舞台が終わってからまた更新予定。

*JUNBLOG の「スパッ」とを読んでみて下さい。

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